▶︎ 2023/06/22〜23 息子くん、北の空の下でゆらゆらと
◆ 連日の息子くん問題(6/22)
奥さんは昨日、仕事を休んで終日息子くん対応。
学校を辞めたい、ホームシックがつらい、などなど、彼からのSOSが止まらず、まるで波状攻撃のようだったらしい。
僕も夜帰宅して、奥さんの話を聞いたり、以前お世話になった先生との通話に耳を傾けたりしつつ、間接的に関わっていた。
とはいえ、北の大地にいる彼とは直接話していないので、どういう心理状態なのかが読みきれない。
ただの甘えかもしれないし、想像以上に深刻な孤独感かもしれない。
どこまで踏み込めばいいのか、どの程度まで手を差し伸べるべきなのか、そのさじ加減がまるで掴めない。そんな感じ。
夕方時点での彼の“持論”はこんな感じ。
> 「ホームシックなんだからしょうがないだろ」
> 「てっちゃんが電車に乗れないせいでこうなったんだ」
なにかのせいにして、自分の居心地の悪さを周囲にゆるしてもらおうとする“かまってモード”。
でも、寂しさというのは、誰かに強く否定される前に、ちょっとだけ寄り添ってやった方がいいのかもしれない――と思うこともある。
夜には、学校でカウンセリングの時間が設けられたようで、ちゃんとそれを受けてきたらしい。
その内容はまだ聞けていないけれど、LINEに入っていた「人生変わったかもしれない」という彼の一言。
真意はまだ分からないが、ちょっとだけ光が差し込んだ気もした。
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◆ 奥さんとの攻防ふたたび(6/23)
期末テストまっただなかの息子くん。
昨日も奥さんと長電話。ホームシックがどうの、〇〇だから何もかも思うようにいかない――そんな言い訳がずらり並ぶ。
問題は、話の流れがいつも「他人のせい」なこと。
環境か、状況か、人のせい。いつも何かに押しつけて、そこから抜け出すことを拒んでいるようにも見える。
それでも奥さんは粘る。あの手この手で言葉をかけ、なんとか彼の思考を“脱他力”の方向へ導こうとしている。
攻防戦は、静かで根深く、毎晩繰り返されている。
来週、東京に戻って来られると思っていたようだが、その期待もどうやら叶わないと察してきたらしく、今度は
> 「じゃあ、お母さんがこっちに来ればいいじゃん」
と別のアプローチ。聞き出し方もなかなか巧妙になってきた。
ただ、7月の頭には僕と奥さんが一緒に向こうへ行く予定で、それまではどうにもこうにも動けない。金銭的にも。
先日受けたカウンセリングでは、ほんのひととき心が上向いたみたいだが、それも翌日には元通り。
浮き沈みが激しすぎて、波の底に落ちるたびに、彼はすべてを投げ出したくなってしまう。
四年制大学へ進学したいという気持ちは確かにある。けれど、いまの出席状況じゃ厳しいのも事実。
その現実にまだ、自分の足でどう立ち向かえばいいのか、わからずにいる。
ふわふわした言葉の奥にある、本当に訴えたい気持ち。
それを少しでも掬い取れるように、こちらも、もう少し粘ってみるしかないのかもしれない。
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