大げさに聞こえるかもしれないがそう思うと、こちら側の心が大きく構えることが出来る。
家庭という小さな森で出会った大いなる自然
昨夜、ふと感じた。目の前には反抗期真っ盛りの中学生息子がいる。
塾からの帰宅後、廊下で言葉にならない叫びを繰り返している。まるで荒れ狂う嵐のように、私が何を言っても音も立てずに過ぎ去ってしまいそうな予感がした。
薄暗い廊下でドアをバーンと閉め、壁に言葉をぶつけるほどに成長した。奥さんはもう、その激しい“暴言”に身をゆだねる余裕を手に入れている――
「ああ、そうなんだ」
「それって気持ち悪いね」
「うん、嫌いなのね」
淡々とした相槌で受け流し、まるで大海の満ち引きを受け止める砂浜のようだ。
一方の私は、まだ心のなかで
「もっとこうしてほしい」
「どうにかしてやろう」
と、つい力んでしまう。でも、彼を「大いなる自然」の一部だと思えば、不思議と肩の力が抜けた。
山も海も、こちらの都合で向きを変えられない。そう考えると、思い通りにいかない日々こそが当たり前なのだと受け止められる。
今夜はこの“大自然”に身を委ねてみよう。どんな嵐でも、いつか静まると信じて。